セカンドキャリアの選択肢としての「実務家教員」

 2021.01.04

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セカンドキャリアの選択肢としての「実務家教員」

人生100年時代が到来しようとしているなか、定年退職後の人生設計を見据えた中高年のセカンドキャリア支援に、企業も力を入れようとしています。そのセカンドキャリアの選択肢として、経験豊富な企業人を大学で教授・准教授などの教員として迎え入れる「実務家教員」が注目を集めています。
 

人生100年時代に求められる中高年のセカンドキャリア支援

セカンドキャリアについて
セカンドキャリアとは、スポーツ選手が引退した後のキャリアを指して使われることが多い言葉ですが、育児を終えた後のキャリア、定年退職の後のキャリアなど、第2の人生における職業のことを指します。そのなかでも、35歳から45歳くらいまでのセカンドキャリア支援に注目が集まっています。
 
それは、寿命が伸びたことにより、働き方が変わることが予想されるからです。リンダ・グラットン著の『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』によると、「現在50歳未満の日本人は、日本人の平均寿命が100歳を超える時代を過ごす可能性が高い」といいます。仮に60歳で定年退職した場合、残りの40年以上の人生をどのように過ごすか。そして40年以上過ごせる蓄えがあるのか。リタイア後の人生設計が課題になります。そのため、70代・80代でも働き続けるという選択肢が現実的になってきます。定年退職直前に新天地を見つけ出すのは困難を極めるため、35歳から45歳くらいの年代からセカンドキャリアを見据えて準備していくことが重要になります。
 
企業のセカンドキャリアの取り組み
そのような人生100年時代・生涯現役時代に向けて、企業も30代・40代のセカンドキャリア支援に本格的に力を入れ始めています。入社から60歳以降を含めた生涯のキャリア形成を支援している企業。40歳半ばからキャリアの見直しや将来のライフプラン設計を研修に組み込んでいる企業。セカンドキャリアについていつでも相談できるように、キャリアコンサルタントの国家資格を持つスタッフを人事部内に配置している企業。マネープランを通して人生設計を考える研修を実施している企業。人事部が転職先を紹介するシステムを整えている企業。大手企業を中心に、試行錯誤しながらさまざまセカンドキャリア支援に取り組んでいます。
 
電通は、個人が年齢にとらわれず、社会において長く価値発揮するための新しい選択肢として「ライフシフトプラットフォーム」を2020年11月に立ち上げました。この仕組みへの参加を希望する電通の社員は、退職した上で個人事業主となり、電通が新しく設立した会社「ニューホライズンコレクティブ」と業務委託契約を結び、一定の業務を受託し、安定した報酬を得ながら、社員の立場ではできなかった、これまでやってみたかったことにチャレンジできます。これもまさにセカンドキャリア支援の一例です。
 
また、社内でのセカンドキャリアづくりの例として、成績優秀者や管理職を「社内インストラクター」という新しいポジションに配置するケースもあります。経験豊富な社員のノウハウやナレッジが言語化されておらず、退職・転職により失われてしまうことは、企業にとっての大きな課題になっており、そのような暗黙知を形式知化する「ナレッジマネジメント」を取り入れている企業も増えています。「社内インストラクター」は、その一環として、今までの知識経験を形式知化し、社員研修などを通じて社内に共有することにより、組織を底上げする役割を持ちます。
 
そして「社内インストラクター」の延長線上に、今まで培った知識・経験をアカデミックな形式知に変換し大学で教える「実務家教員」という道があります。

セカンドキャリアの選択肢としての「実務家教員」

実務家教員とは?
「実務家教員」とは、各専門分野で高い実績を残してきた実務家・企業人を、大学などの高等教育機関で教授や准教授として迎え入れた教員のことを指します。実務家教員には、産学の往還を通して大学、専門学校、民間教育、リカレント教育、組織内研修、企業内大学といった多岐にわたる場面での活躍が期待されています。働き方はさまざまで、専任の実務家教員、企業に属しながらみなし専任教員や非常勤講師として教鞭をとる実務家教員もいます。 
 
実務家教員が求められる理由
日本社会では、実践的な職業知識・技能の育成は主に企業の役割と考えられていました。しかし、その考え方が変化しつつあります。大学で職業教育がきちんと行われていなかったことが背景になっていますが、大学でも実践的な職業訓練を促すために、実務の知見を体系化して、大学の教育にも普及させていこうとしています。そのために必要な実践的な教育ができるのは、実務経験を持つ諸先生方です。

文部科学省は、実務家を優先的に教員として採用すべきだと考えており、実務家教員の登用を促進しています。現に、2019年4月から設置された専門職大学・専門職短期大学においては、必要専任教員の概ね4割以上を実務家教員とするよう定めています。
 
そして、人生100年時代に向けて、各個人にとっては、将来、働き続けるために、知識やスキルを身に付け続けることが必要になります。そのために、社会人が再び大学や大学院に戻り、自身のキャリア形成や業務に必要な知識を学び直すリカレント教育が注目されています。そのリカレント教育で実践的な教育を行える人材(実務家教員)の需要も高まっています。
 
企業にとっても、実務家教員を輩出することはメリットがあります。社員の新たな活躍の場づくりを支援する体制は自社ブランディングや社員満足度の向上にもつながります。また、自社での実践知を形式知にして学術界で教え社会に還元することになり社会貢献にもなります。
 
このように、多くの観点から実務家教員が必要とされています。
 
必要とされる実務家教員像とは?
「専攻分野におけるおおむね5年以上の実務経験」かつ、「高度の実務能力」を有する人材を実務家教員と規定していますが、どのような実務経験でも構いません。マーケティング、営業、経理などいろいろな業種・業態・職種の実務家教員が求められていいます。
 
最近では、実務経験にプラスして「教育指導力」と「研究能力」も求められます。教育指導力とは、人に教える能力だけではなく、「シラバス(授業計画書)」がきちんと立てられることも重要です。研究能力とは、暗黙知を形式化できる能力のことです。「教育指導力」と「研究能力」については、テクニックの要素も含まれるため実務家教員を養成している講座で学ぶこともおすすめします。
 
今まで培ってきた知識や経験を大学などの教育機関を通じて社会に還元し学術として追求したい方、教えることが好きで人の成長していく姿を応援することに生きがいを感じる方が、実務家教員に向いています。そして、社内には仕事に役に立つ暗黙知、つまり無形資産が沢山あります。無形資産を社会で活用する時代が到来しています。
【執筆者プロフィール】
立花 学(たちばな まなぶ)氏
一般社団法人教育人財開発機構 事業責任者
 


教育人財開発機構の事業責任者として、大学をはじめとした高等教育機関専門に研究者、実務家教員、職員の採用支援を行うキャリアコンサルタント。建学の精神に基づいた人材マッチングを実現するため、建学の精神と求められる人材コンピテンシー、多様な課題に直面する大学等における組織活性化に向けた人材戦略を研究。