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〈注目の実務家教員インタビュー〉【第8回】順天堂大学・坂野康昌特任教授『必要なのは、スペシャリストとゼネラリストを兼任できる人』

教育人財開発機構 編集部 2021.06.17

  • 実務家教員
  • 医歯薬学
〈注目の実務家教員インタビュー〉【第8回】順天堂大学・坂野康昌特任教授『必要なのは、スペシャリストとゼネラリストを兼任できる人』
【プロフィール】

1953年生まれ。1976年、千葉大学医学部附属診療放射線技師学校卒業。同年、診療放射線技師免許取得。1985年、明治大学法学部法律学科卒業、2012年、首都大学東京大学院博士前期課程修了(修士)、2018年、首都大学東京大学院博士後期課程修了(博士)。1977年4月、東京都職員として都庁衛生局 東京都立駒込病院診療放射線科に入職。2013年3月に定年退職するまで、都立荏原病院、都立広尾病院、都立駒込病院の放射線技師長、都立病院経営本部都立病院放射線統括技師長などを歴任。2013年4月~2018年3月、つくば国際大学医療保健学部の教授・学科長を務め、2018年4月に順天堂大学へ入職。保健医療学部開設準備室 特任教授を経て、2019年4月より順天堂大学保健医療学部診療放射線学科 特任教授・副学科長・学生部長を務める。医療機関での診療放射線技師の主な仕事である「画像診断」「核医学検査」「放射線治療」の3つの部門で活躍できる人材育成に注力。2013年11月、天皇陛下より瑞宝双光章受章。

[企画概要 ~Outline~]

高等教育機関で活躍されているさまざまな実務家教員にインタビューを敢行。インタビューを通して、実務家教員の仕事内容をひもといていきます。
 

第8回では、2013年4月よりつくば国際大学で実務家教員に就任され、2019年4月より順天堂大学で教鞭を執られている坂野康昌(さかのやすあき)特任教授を取材。業務についてはもちろん、実務家教員を目指したきっかけややりがいをお話しいただきました。(教育人財開発機構 編集部)

〈実務家教員になるまで ~Before~〉

Q:これまでのご経歴や博士課程に進学するまでの経緯を教えてください。
千葉大学医学部附属診療放射線技師学校卒業後、診療放射線技師として都立病院に入職しました。9年ほど経った頃、さらなる勉強の必要性を感じ、明治大学法学部(夜間)に通うことにしました。なぜ法学部を選んだのかというと、ちょうどその頃、昔から関心のあった安楽死に関する事件が起き、「法律の勉強をしてみたい」と思ったからです。法律の勉強は、都の職員が管理職になるために受ける昇格試験に非常に役立ちました。法律は、ものの考え方や論理に基づいて結論を出します。それは医療の世界にも必要不可欠な考え方なのです。法学部での勉強を通し、若いうちに「EBM(Evidence-based Medicineの略。根拠に基づく医療)」を学ぶことができたのは幸運だったと感じています。

管理職になり、ふと周りを見渡すと、若手職員の多くは大学院卒で修士号を取得しているのに、先輩職員は大卒が多いことに気が付きました。それ自体は悪いことではないのですが、大学院卒の若手職員に囲まれながら、何も行動を起こさない先輩職員に疑問を感じました。私は「それではいけない」と、大卒の職員たちに大学院の受験を勧めました。ところが、全員口をそろえて「お金もかかるので、大学院はもう少し後で良い」「大学院に行っても昇給昇格しないので、それなら内部試験を受けて昇給昇格したい」と言うのです。自分が勧めた手前、「誰も行かないなら、私が大学院に行こう」と思い、定年退職まで数年しかありませんでしたが、進学を決意しました。年齢を考えるとかなりの暴挙だったと思います。結果を出さないと示しがつかないというプレッシャーを抱えながら勉強し、首都大学東京大学院を受験しました。試験当日、私は持ち込み可の辞書を忘れるという事件がありましたが、得意な英語のおかげで合格できたと思います。

大学院の修士課程は、大学同様に授業で単位を取り、最後に研究論文を書くシンプルな構成でした。修士課程を終えても「研究者としての道も半ば、まだお腹いっぱいになっていないな」と感じ、後進の育成を目的に博士課程へ進むことを決めました。博士課程の入試も大変でしたが、ここでもまた得意な英語に救われ、合格を掴むことができました。


Q:つくば国際大学、順天堂大学で実務家教員になった理由や経緯について教えてください。
都立病院に入職してから36年ほど経ち、定年退職が近づき、博士課程をゆっくり学ぼうと思っていた矢先、つくば国際大学医療保健学部の立ち上げ責任者として、声を掛けていただきました。私に白羽の矢が立った理由としては、都立病院での実務経験と大学や大学院での研究を通して身に付いた、人員集めから体制を整える力、病院とのコネクションや交渉力などを評価していただけたのではと考えています。これまで幅広く経験してきたことが新たなキャリアにつながりました。

日本国天皇より名誉ある瑞宝双光章を受章し、つくば国際大学での勤務が順調に推移した後に、順天堂大学より保健医療学部の設立でまたお声掛けいただきました。「不断前進」という大学の理念が、自分のやってきたことと合致したため、迷わずお引き受けしましたね。しかし、順天堂大学での学部立ち上げは、何もかも一人でやらなければならず、つくば国際大学のときと比べるとより一層大変でした。


Q:つくば国際大学、順天堂大学の採用選考では、教員個人調書や教育研究業績書を提出しましたか?
提出しました。大学は文部科学省の管轄なので、提出書類には著作、論文、活動歴、受賞歴など細かく記載する必要があります。私は後輩に学会発表をたくさんするよう指導していたのですが、これが功を奏しました。後輩を指導しながらやってきたことを洗い出したところ、結構な量の活動歴を書き出すことができたのです。また、教科書になるような本ではありませんが、書籍(放射線検査の際に用いる英会話の実用書など)も出していました。こういった実績はすべて記載しましたし、恐らく選考においても評価いただけたと思うので、皆さんも日々実績を積み上げていくことをおすすめします。

〈実務家教員になってから ~After~〉

Q:現在、順天堂大学ではどのような授業を行っていらっしゃいますか?
本学の魅力の一つに、世界中にネットワークを持っていることが挙げられます。大学が国際化を重視しているのと同様に、私自身も世界を見据え、英語教育が重要だと感じているので、講義では積極的に英語を取り入れるようにしています。例えば、エックス線の検査でよく聞く「息を吸って止めてください。はい、楽にしてください」というフレーズを英語でどう言うか、学生に答えてもらったりしています。90分の講義の中で、英語力の向上と眠気覚ましを兼ねた質問です。また、講義ではパワーポイントをフル活用しています。1回の講義で約120枚の写真を使用しますね。これほどの枚数を使う先生はなかなかいないと思いますが、私は学生に視覚と聴覚をすべて使って授業に臨んでほしいと思い、資料作成に力を入れています。

授業内容ではないですが、学生に繰り返し伝えているのは、「高い学費を払っているのだから、授業で元を取り返しなさい」ということです。学生時代、授業中に寝てしまった人もいると思いますが、授業中に寝るなんてもってのほかです。学生には「もしあなたが落語家になりたいなら、師匠に習っている最中に寝ますか?」と比喩を用いて尋ね、理解を促します。学生は聡いですから、私の言いたいことをきちんと理解してくれ、反発せずに授業を受けてくれるようになりました。これが私の論法です。また、学生のもう少し先の未来、放射線技師の実務に置き換えると、「患者さんの検査中に寝ますか?」ということになります。患者さんの目前で寝るなんてあり得ませんから、学生には今のうちにものごとに取り組む姿勢をしっかりと身に付けてほしいと考えています。そして、知識などの学術面だけでなく、こういった授業に臨む姿勢などの精神面も伝えることで、「常に現状に満足せず、社会に還元できることや世の中のためになることを考え続ける、熱いハートを持った学生」を育てていきたいと思っています。
 


Q:実務家教員としてのやりがいや苦労、また、これまでのキャリアを活かせている点を教えてください。
実務家教員は「子どもを大人にする仕事」だと思っています。例えば、挨拶ができない学生には、こちらから積極的にコミュニケーションを取るようにしていますね。学生は伸びしろだらけなので、4年間の大学生活を通じて自ら行動できる人に育てていくことが、楽しくて仕方がありません。たとえ、学生から直接「坂野先生のおかげです」と言ってもらえなくても、成長してもらえれば、それこそがやりがいだと感じています。

大変なことはたくさんありますが、苦しいとは思いません。なぜなら、苦しがると脳が嫌がるからです。ですから、私は「その都度与えられた試練を楽しもう」という気持ちで取り組んでいます。そうして、大変なことを楽しめるようになると本物になると思います。運動に置き換えるとわかりやすいでしょうか。一流の選手になるためには、誰しも最初はつらい練習をたくさんします。どんなにつらく苦しくても、日々真摯に練習と向き合い続ければ、一段ステップを乗り越え、やがて練習を楽しめるようになります。「本当の楽しさ」がわかるようになるのです。実務家教員の仕事も同じです。試練から目をそらさず、果敢に挑戦していくことが大事だと考えています。

実務家教員の仕事に活かせていると思う経験は、都立病院に長くいたこともあり、放射線三大部門の業務すべてに関われたことです。放射線の治療機器などを病院に導入する際、この経験が活きました。皆さんご存じのように、放射線は決して漏れてはいけないものです。そのため、取り扱いが非常に難しく、放射線の機器導入は「機器を入れたら完了」というような単純な話ではありません。どの機械にするのか、誰が扱うのか、どのような体制で対応するのかなど、導入にあたって考えることはたくさんあるのです。病院で自ら機器を触っていたからこそ、俯瞰的な視点で導入について考えることができたと思います。


Q:実務家教員としての大学側からのミッションはありますか?
「国際化のための英語教育」はもちろんですが、今、積極的に取り組んでいるミッションは「海外の大学との国際交流協定(MOU:Memorandum of Understanding)の締結」です。過去にはシンガポールやタイ、シカゴに赴き、また、タイ最高峰のマヒドン大学とMOUを結ぶことに成功しました。今は新型コロナウイルスの影響で現地に行くことがかなわないため、他の大学とはオンラインで交渉を進めています。2022年の夏までに新たに5つの大学とMOUを締結することが、今の具体的なミッションです。

〈これから実務家教員を目指す皆さんへ ~Message~〉

Q:実務家教員に向いているのはどのような人でしょうか?
教員と一緒に行動することで、学生は確実に変わっていきます。だからこそ、実務家教員には「学生に学ぶ場所を与え、一人ひとりに丁寧に接することができる人」が向いているのではないかと思います。逆に、学生を一つの考えに縛ってしまう「知識偏重主義者」や、いろいろなことに挑戦せずに一つ所に留まってしまうタイプの人は向いていないでしょう。多様性をもって学生を良い方向に変えていける、そんな接し方ができる人が良いのではないでしょうか。


Q:最後に、実務家教員を目指す皆さんへメッセージをお願いいたします。
これまでの大学教員は、特定の専門分野に精通し、普遍的な知識を教えられる〈スペシャリスト〉であれば、問題なかったかもしれません。しかし、時代は変わりました。司法試験では「公法」も「私法」もバランス良く、どちらも勉強しないといけないように、医療においても「普遍的なもの」と「最先端の技術や情報」を両方教えていく必要性を強く感じています。今の時代に必要なのは、〈スペシャリスト〉に加え、多様な経験を活かして最先端の技術や情報を伝えられる〈ゼネラリスト〉も兼ね備えた実務家教員だと思います。

実務家教員には授業や研究以外にも仕事が多く、体力面でもハードなので、ガッツがある人は大歓迎です。決して楽ではないですが、挑戦しがいのある、心から楽しいと思える仕事です。学生たちのそばで、未来への扉を開く手助けができることは、何にも代えがたい幸せだと感じています。ぜひ私と一緒に後進を育てていきましょう。
 
 

※2020年11月に取材した内容を掲載しています。