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〈注目の実務家教員インタビュー〉【第7回】同志社大学大学院・河南順一教授『実務経験を伝えることで、学生の行動は変わる』

教育人財開発機構 編集部 2021.05.07

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〈注目の実務家教員インタビュー〉【第7回】同志社大学大学院・河南順一教授『実務経験を伝えることで、学生の行動は変わる』
【プロフィール】

同志社大学商学部卒業、アリゾナ州立大学経営学大学院修士課程修了。1981年モービル石油株式会社に入社し、営業や情報システム開発戦略などを行う。1989年にアップルコンピュータ株式会社に転職し、マーケティング・コミュニケーションを担当。日本法人のマーケティング部長として、ブランド戦略やスティーブ・ジョブズのワールドワイド・マーケティングチームメンバーとして活動した。その後、日本BEAシステムズ株式会社やサン・マイクロシステムズ株式会社を経て、外食業界へ。2004年から日本マクドナルド株式会社でマーケティングなどを9年間担当し、2013年には株式会社すかいらーくで広報ディレクターを2年間務める。2015年に日本マクドナルド株式会社に戻り、ブランドイメージ改善・コミュニケーション戦略の策定と実行を担当。そして、2019年に同志社大学大学院ビジネス研究科教授に就任。実務で培った経験をもとに、マーケティング・コミュニケーション関連の授業を展開している。

[企画概要 ~Outline~]

高等教育機関で活躍されているさまざまな実務家教員にインタビューを敢行。インタビューを通して、実務家教員の仕事内容をひもといていきます。
 

第8回では、2019年より同志社大学大学院で実務家教員に就任された河南順一(かわみなみじゅんいち)教授を取材。業務についてはもちろん、実務家教員を目指したきっかけややりがいをお話しいただきました。(教育人財開発機構 編集部)

〈実務家教員になるまで ~Before~〉

Q:ご経歴について教えてください。
大学卒業後、最初は石油会社で営業や情報システム部門を担当しましたが、それ以降は基本的にマーケティングやコミュニケーション領域で、いろいろな会社で経験を積んできました。業界でいえば、アップルやサン・マイクロシステムズなどの「IT業界」と、マクドナルドやすかいらーくの「外食業界」です。2つの業界を通して、広報やイベント企画、ブランド戦略、マーチャンダイジング(店舗のPOPやポスターを作る)などを経験しました。

振り返ってみると、私はアップルやマクドナルドなど比較的大企業に勤めてきましたが、どの企業でも何事も順風満帆で予定通りに進むということはなかったように思います。上手くいくときもあれば、そうでないときもあり、浮き沈みが激しかったのです。アップルは1996、1997年あたりに倒産寸前の状態まで追い込まれましたし、マクドナルドは2015年に食の安全に関する大きな問題が発生しました。どちらも大変ではありましたが、困難な状況から盛り返すことができたのは、私にとってとても貴重な経験になったと感じています。


Q:実務家教員になったきっかけは何でしょうか?
10年ほど前から同志社大学で講義をさせていただく機会があり、その中で親しい方から「教員という立場で教えないか」と声を掛けていただいたのがきっかけです。正直なところ、お声掛けいただいた当初は「教員は私には無理だな」と思いました。というのも、私は教えるのが得意というわけではありませんでしたし、募集要項には「博士号を取得していること」や「研究実績が豊富であること」と記載されていたのです。私は生粋のビジネスパーソンなので、当然博士号も研究実績もなく、募集要項に当てはまらなかったので「今回はご縁がなかった」と思いました。しかし、その後「より実務の知見をベースにして教える立場もある」とご提案いただき、チャレンジしたい気持ちが湧きました。当時の私は仕事柄、人前(セミナーや展示会など)でプレゼンをすることが多く、自分が話したことが人に影響を与え、人の行動変容を起こしていく様子を間近で見てきました。そして、そのことに喜びを感じていたのです。「私のプレゼンを聞いて行動を起こしてくれた人たちのように、もし私が教員になり、若者が私の経験や知識を吸収し、自身の力に変えてくれるのなら、それはとても素敵なことなのではないか」と思い、実務家教員に挑戦することに決めました。


Q:選考について、内容やアピールしたポイントなどを教えてください。
教員の選考では、教員個人調書や教育研究業績書といった書類の提出、面接、模擬授業などがあります。私は親しい先生方にアドバイスをいただきながら、それぞれの選考に臨みました。

提出書類については、先生から「マーケティングやコミュニケーションの実務経験を強調すると良い」と言われ、事細かにびっしり書類に記載しました。面接でアピールしたポイントは「一般的には理論で学ぶところを、実体験をもとに、より具体的な形で話せること」です。また、若者のこれからのキャリアに活かせる知識を提供したいという思いも語りました。模擬授業については、質疑応答も含めて約30~40分実施したと思います。審査する先生はもちろんですが、それ以外の先生も見学可能だったので、複数名いらっしゃいましたね。模擬授業で大切にしたのは、「実務経験を強調しすぎないこと」です。実務経験は専門としてやってきたことなので、つい前面に出して強調したくなりますが、アドバイスを参考に、実務経験に理論をきちんと織り交ぜるようにしました。ちなみに、選考内容にシラバスの提出はありませんでしたが、選考中に「自分がこの科目を教えるとすれば、ここをポイントにした内容で構成を組みます」というような話はしたと思います。

〈実務家教員になってから ~After~〉

Q:現在の業務内容について教えてください。
同志社大学大学院ビジネス研究科は、経営学の修士号(MBA)を取ることが目標です。留学生と日本人のクラスがあり、私は留学生をメインに教えています(日本人の授業も1コマ受け持っています)。留学生は平日の日中に、日本人の学生は働いている方がほとんどなので、平日の夜や週末に授業があります。授業は大半が参加型のディスカッション形式で、実際の企業の事例をベースにしたケーススタディーをもとに議論して学びを進めています。授業で大切にしているのは、「学生にたくさん発言してもらうこと」です。多くの学生は社会人で実務経験があるので、彼らの知見や知識も議論のテーブルに乗せ、学生同士でも刺激し合うことを意識しています。また、留学生は、アジア圏や中南米、アフリカ、欧米などさまざまなバックグラウンドをもっていますが、「将来的には国際的なビジネスに携わりたい」という共通の思いをもつ学生が多いので、グローバルな環境下で役立つ「戦略立案力」や「実行力」を掘り下げる授業を目指しています。
 

授業以外では学生指導もしています。ゼミでの指導はもちろんですが、卒業までに学生全員が修士論文を書くので、その指導も担当しています。修士論文の指導では、入学直後からどのようにアプローチするかを指導し、1年生の終わりにはテーマを固め、2年間のプログラム内に提出するよう指導します。データの収集や分析方法、構成の組み立て方などについても、学生とよく話し合い、「その論文が読み手にどのような示唆を与えるか」を考えながら、学生と一緒につくりあげていくように心掛けています。
 
 
Q:授業で工夫していることは何ですか
「人に教える」という経験がこれまで少なかったので、どうすれば効果的に学習してもらえるのかを常に考えています。周りの先生方にアドバイスをいただきながら試行錯誤の日々ですね。その中でも、独自に行っている工夫は「積極的に新しいツールを取り入れること」です。一例をご紹介しましょう。多くの大学と同じように、本学でも新型コロナウイルスの影響で授業をオンラインで行うようになりました。そこで、「オンラインでも学生が集中力を落とさず、楽しく学べるようにしたい」と思い、ビデオ会議やプレゼンをわかりやすくするためのアプリ「mmhmm(ンーフー)」を導入しました。人の集中力は10分ほどで衰えるそうなので、メリハリをつけることは授業で重要になります。「mmhmm」を使うと伝えたい部分を強調できるので、教える側も教わる側も面白く授業をすることができるようになりました。今後もアンテナを張り、授業に役立つものがあれば、積極的に活用していきたいと思います。


Q:やりがいは何ですか? また、実際に働いてみて、民間企業と大学のギャップは感じますか?
やりがいは「学生とディスカッションできること」です。ディスカッションを通して、学生が何かを吸収してくれることがうれしいですし、逆に学生の意見が私の学びになることもあり、それもうれしいです。また、教材から取り上げるディスカッションのケースは、いろいろと研究された非常に濃い内容になっていますが、実務経験と照らし合わせると、「実際とは違うな」と思う部分があります。実際の経営では、さまざまな事情によって、教材に載っている理論とは違う判断や動き方をすることがあるのです。「理論上はこうだけど、実際はこう判断せざるを得ない」という場合があるわけですね。こういった教材には書かれない部分まで議論を深められると、ディスカッションに奥行きが出て、実務を経験した人間だからこそできる授業になります。このような議論ができると充実した時間になり、実務家教員としてとてもやりがいを感じます。

ギャップは「組織の体系や意思決定のプロセスが異なること」です。民間企業では、社長や取締役会など比較的少数の経営者の意思により決定が下りますが、大学はさまざまな規定や委員会があって、投票などの合議制によって決まります。ここに大きなギャップを感じますね。また、「働き方」も異なります。民間企業では上司や部下がいて、チームで仕事を進めていくことが多いと思いますが、大学では基本的に1人で進めていきます。もちろん、他の先生方と一緒に研究をすることもありますが、企業より予算も少ないので、アウトソースしたり、アシスタントに任せたりすることはありません。「基本はすべて自分でやる」という点が、民間企業時代とは違います。

〈これから実務家教員を目指す皆さんへ ~Message~〉

Q:どのような人が実務家教員に向いていますか?
「人前で話をすることが好きな人」ですね。講演やセミナー、プレゼンなどで何かを提唱する人はもちろん、特別な場に限らず、普段の会議で積極的に発言をする方も向いていると思います。人前で話をすることの最終的な目的は、話を聞いた人の行動変容を起こすことなので、会社で人に何かを呼びかけたり、行動を促したりしてきた人は、その力をそのまま大学でも発揮していただけるのではないでしょうか。また、「新しい試みをどんどん提案していくタイプの人」も向いていると思います。教育の現場にいると、企業ではあまり付き合いのなかった新しい領域の人たちと接点ができ、「何か一緒にできるのではないか」という話になることもあります。そうした出会いが、自分の領域を広げることにもなるので、ぜひアカデミックの世界で出会う人と手を組んで、自分や研究の可能性を広げていただければと思います。


Q:最後に、実務家教員を目指す皆さんへメッセージをお願いいたします。
今、社会全体で「新しい変革」というものが求められています。教育界も例外ではなく、実務家教員も「新しい変革」を考えなければなりません。特に、日本の教育機関は「少子高齢化」という大きな問題を抱えています。少子高齢化による学生数の減少は、大学の経営に直結する問題なのです。だからこそ、学生を獲得するため、どの学校も「いかに自校の特色を出すか」を考えています。これからの実務家教員には、これまでの経験を活かし、自校の特色を出せるような新たなチャレンジの提案も期待されていると思います。また、学校には教員だけでなく、職員もいます。教員と職員が力を合わせてこそ、物事を動かし、変えていくことができるでしょう。その中で、私たち実務家教員は教員と職員をつなぐ立場となり、両方を理解した提案をしていけると良いですね。そうすれば、自校はもちろん、他校で同じように変革を起こしたいと考えている人たちともつながり、日本の教育自体のあり方も新しく開拓していけるかもしれません。そして、世界的な視野で教育機関がどう社会に貢献できるか考え、世界に対してもアピールできるような日本教育へ刷新していけたら素敵だと思います。これから実務家教員を目指す皆さんも、そのような視野をもって挑戦してみてください。
 
 

※2020年10月に取材した内容を掲載しています。