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〈注目の実務家教員インタビュー〉【第5回】帝京大学短期大学・石毛宏教授『学生への愛が教員をアップデートさせ続ける』

教育人財開発機構 編集部 2021.04.30

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〈注目の実務家教員インタビュー〉【第5回】帝京大学短期大学・石毛宏教授『学生への愛が教員をアップデートさせ続ける』
【プロフィール】

1977年東京大学経済学部経営学科を卒業し、株式会社三菱銀行(現:株式会社三菱UFJ銀行)に入行。融資業務、証券業務の企画、産業調査・企業審査を経験し、調査部次長、融資部次長、調査室長、情報セキュリティ管理室長などを歴任。1994年5月、マサチューセッツ工科大学修士(経営学)課程を修了。2006年4月より帝京大学経営学部経営学科で助教授(現:准教授)に就任し、教鞭を執る。専門分野は、産業論(産業学)と企業分析(経営分析)。教職に就く傍ら、約10年間、日東富士製粉株式会社の非常勤取締役監査等委員として活動。他に「金融経済教育推進会議」、「金融経済教育を推進する研究会」及び「教材政策部会」の委員として、日本の金融経済教育の普及にも寄与した。そして、2020年4月より帝京大学短期大学現代ビジネス学科に配置転換し、現在、実践で役立つビジネス教育を展開中。

[企画概要 ~Outline~]

高等教育機関で活躍されているさまざまな実務家教員にインタビューを敢行。インタビューを通して、実務家教員の仕事内容をひもといていきます。
 

第6回では、2006年4月より帝京大学で実務家教員に就任され、2020年4月より帝京大学短期大学で教鞭を執られている、石毛宏(いしげひろし)教授を取材。業務についてはもちろん、実務家教員を目指したきっかけややりがいをお話しいただきました。(教育人財開発機構 編集部)

〈実務家教員になるまで ~Before~〉

Q:ご経歴について教えてください。
新卒で三菱銀行(現:三菱UFJ銀行)に入行し、入行後は融資(貸付)業務などを経験しました。次に担当したのは、証券業務の企画です。銀行の証券業務は現在では当たり前になりましたが、当時(1980年代)はまだ本格的な証券業務への参入が認められていませんでした。しかし、同じ「おカネ」を扱うわけですから、お客様の視点で考えれば、銀行業務だけでなく、証券業務も一体で提供する方が、利便性が高いはずと考えていました。そこで、銀行が担うべき証券分野の業務のあり方について、銀行がどう参入できるのか企画したわけですね。その後も、さまざまな銀行の業務を経験しましたが、幸いにも銀行の推薦で1993年にマサチューセッツ工科大学に留学することができました。1年かけて修士号を取得し帰国したところ、マネジメント側に異動となり、行内の情報化を推進しネットワーク構築を手掛けることになりました。ITやネットなどのデジタル技術を用いた、銀行業務の効率化を目指し、腐心しましたね。それから、調査部・審査部に配属され、産業調査・企業審査を経験し、銀行を卒業しました。それから、ご縁があって帝京大学で教鞭を執ることになり、現在に至ります。こうして振り返ってみると、29年間の銀行員時代で核となるのは、「産業動向および企業活動に関する調査・分析」だったと思います。これは今、学生たちに教えている内容にもつながっているので、大切な経験になりました。


Q:実務家教員を目指した理由は何でしょうか?
「私にはアカデミックの仕事の方が向いているのかもしれない」と思ったからです。当時、銀行員も50代前半からセカンドキャリアを考えなくてはならず、自分の職業適性について思いを巡らせました。そこで頭に浮かんだのが、調査・研究職でした。審査・調査部門に長年勤めていたキャリアを振り返り、「企業に転職するよりも教育・研究の方が性に合っているのではないか」と思ったのです。多くの人は企業への転職を考えますが、「そういう性分なら、私は大学の先生になれたら良いかも」と大学教員への転職を目指しました。


Q:求人への応募から入職までの経緯を教えてください。
入職のきっかけになったのは、銀行の人事部からの紹介です。私が実務家教員を志し始めた2005年当時、大学側でも実務家として経営学に精通している人材へのニーズがあったようで、書類提出から始まり、スムーズに話が進んでいきました。こうして、私は大学側と接点ができ、准教授として入職し、教授にも昇任できました。

〈実務家教員になってから ~After~〉

Q:実務家教員としての業務内容について教えてください。また、「これは実務家教員の仕事に役立ったな」と感じた学外活動を教えてください。
実務家教員として働き始めたのは2006年4月からです。帝京大学経済学部経営学科に14年ほど在籍し、2020年4月から帝京大学短期大学現代ビジネス学科に配置転換しています。

帝京大学経済学部経営学科は、「『実社会につながる実学教育』を徹底して行うこと」が魅力で、多数の実務家教員が教鞭を執っています。私は主に「経営分析」と「産業学」を担当していました。工夫したことは、社会に出て実務に携わるようになったときに使える(役立つ)ようにという点でした。例えば、経営分析の授業では、経営分析の基本から段階的に学べるようにカリキュラムを構成することですね。大学では大きな講義室で授業することが多く、一方通行の授業になりがちなので、学生の自発性を育成するため、参加型の授業にしていきました。具体例を挙げると、大教室でも質問を投げかけ学生に考えてもらったり、少人数の企業分析をテーマにしたゼミでは、私はサポート役に徹し、調査対象を決定するところから最終的に分析結果を導き出すところまで、学生主導で実践してもらったりしました。

帝京大学短期大学現代ビジネス学科では、「オフィスマネジメント」という1年生向けの科目を担当しています。目標は、ビジネスの現場を知ってもらい、そこで必要となる実務スキルであるビジネス文章の書き方やPDCAの回し方など、社会で求められる基本的なビジネス知識と意識を学生に習得してもらうことです。また、2年生向けには「基礎演習」を担当し、広義のコミュニケーション能力を高めてもらうため、プレゼンテーションの方法やリーダーシップ力を育むことを目標に、1年次よりもさらに実践に近い内容の授業を展開しています。大学とは違い少人数のアットホームな雰囲気の中で、学生一人ひとりとコミュニケーションを取りながら、教鞭を執っています。
 

実務家教員の仕事に役立った学外活動についてお話しします。私は帝京大学在籍中、銀行員時代の友人から声を掛けられ、日東富士製粉株式会社の非常勤取締役監査等委員を務めていました。小麦粉という主食を扱うメーカーで汗を流す現場の方々、そして親会社の三菱商事出身の方々と、親しくコミュニケーションを取らせていただきました。大学というアカデミズムの中だけでなく、ビジネスの現場に関わらせていただいたことで、学生に「生きた学び」を提供し続けることに役立ったと思います。


Q:実務家教員として、大学や学生から期待されていることは何だと思いますか?
もちろん、第一は、理論だけでなく現実のビジネスを理解して実社会で活躍できる学生を育てることでしょうが、それだけでなく、企業とのつながりを活かした活動も期待されていると思います。例えば、インターンシップ先や就職先の紹介、就職に関する学生へのアドバイスですね。私は「就職サポート」も教育の一環だと考えているので、できる限り会社を紹介しました。その結果、新しいインターンシップ先も増えましたし、インターンシップ先に就職した学生もたくさんいるので、お役に立てているのではないかなと思っています。

学生からは「腹落ちする授業」を期待されていると思います。学生はビジネスといってもアルバイト先の体験に偏った見方に陥りがちです。また、知識中心のアカデミックな授業だけでは、知識として理解できても、現実世界と結びつかず、「この知識は実社会ではどう役立つのだろう?」という疑問が残るのではないでしょうか。だからこそ、アカデミックな話だけでなく、「ビジネスや経済の現場ではこうなんですよ」、「その背景はこういうことですよ」といった現場感覚も併せて伝えようとしました。それができるのが実務家教員です。アカデミックな話と現場感覚を一緒に話すことで、学生は「あ、そういうことか」と腹落ちし、学ぶ意義の理解が深まります。教科書の知識だけでなく、現実世界でどう活かされているのかを理解できたら、学ぶ意欲が湧いてくるのではないでしょうか。こうした学生の意欲を引き出せる授業は、実務経験から具体的な話に落とし込める実務家教員の役割だと思います。


Q:苦労していることややりがいは何ですか?
苦労したことは大きく3つあります。

1つ目は「アカデミックな知識を身につけること」です。銀行員時代に調査や分析の実務経験を積んできたので、産業界のことをわかったつもりでしたが、いざ入職してみると、アカデミックな世界の産業分析・産業論は違うことを痛感しました。どちらの知識・スキルも必要なので、アカデミックな世界で育ってきた先生に追いつけるよう、懸命に勉強しましたね。

2つ目は「校務の多さ」です。大学教員は「研究と授業をしている」というイメージがあると思いますが、実際はそのほかにもたくさんの校務を担っています。大学によって違いますが、入試や各種委員など、幅広くいろいろなお仕事があるのです。私も「研究と授業」のイメージが強く、最初はとても戸惑いました。

3つ目は「シラバス作成」です。シラバスは、春学期・秋学期各15回の授業内容について学生がきちんと理解できるように記載しなければなりません。伝えたいことを計30回にぴったり収まるように構成しなければならないのです。また、授業は1回90分です。限られた時間の中で、何をどれだけ伝えるのか調整する必要があります。学生も90分間ずっと集中していられるわけではありません。焦点を絞らなければなりませんが、逆に焦点を絞りすぎてしまうと、時間が余り、話が脱線してしまいます。こればかりは感覚的な問題ですから、現場でやってみないと身につかず、難しかったです。学生の反応を見ながら、毎年「これは違うな、こうしよう」とアップデートしていきました。

やりがいは「自分の裁量で仕事ができること」です。会社員は上司や部下との人間関係が大変ですし、始業や終業、会議など時間も決まっていて、多方面からいろいろと制約がありますよね。その点、大学教員は制約があまりなく、とても自由です。もちろん、授業や校務、研究などの職務を果たさなければなりませんが、方法は自由で縛りはないのです。各々のやり方で良く、自分で考えて仕事を進められるので、とてもやりがいを感じています。


Q:銀行員時代とのギャップは感じますか?
大学は教育機関であり、営利組織ではありません。だからこそ、企業のような「利益目標」や「責任(部門の売上や経費削減)」などがないので、そういったプレッシャーからは解放されます。その一方で、教育機関であるがゆえに、「研究者であり、教育者である」というプレッシャーがあります。特に、最近は「教育者であること」をより強く求められていると感じます。教育という観点でいえば、銀行員時代も部下の指導をしてきましたが、学生の指導は異なります。指導には生活指導も含まれ、学生に授業に出席するように電話したりするんですね。社会人の指導と学生の指導は、同じ指導でもギャップがあります。そこを上手くマネージするよう努力が必要です。

〈これから実務家教員を目指す皆さんへ ~Message~〉

Q:どんな人が実務家教員に向いているでしょうか?
私自身が発展途上ですから偉そうなことは言えませんが、自分自身の反省と実感としては「実務家教員に向いている人」の特徴は大きく3つです。

1つ目は「常に学問面・実務面の両方をアップデートしていく意欲がある人」です。先述したように、実務経験を具体的な話に落とし込み、現場感覚を掴めるような授業ができることは、実務家教員の強みです。ただ、実務の現場を離れれば、知識・経験は急速に陳腐化してしまうので、経験にしろ、知識にしろ、常にアップデートしていく必要があります。教員として働きながら、実務とのつながりをもち、最新の情報へ更新する必要があるのです。また、実務も日進月歩ですから、昔の経験があるといっても、それだけでは実務家教員の役割を果たすことはなかなか難しいと思います。簡単ではありませんが、それでも、学生のためにアップデートしていこうと思える人が向いているのではないでしょうか。

2つ目は「人脈を大切にできる人」です。これは、1つ目に付随していますが、情報をアップデートするためには人脈が必要です。いろいろな人とつながり、情報交換をすれば、生きた情報をたくさん得ることができますからね。自ら積極的に学会に入ったり、企業との付き合いを絶やさないようにしたりすると良いでしょう。人とつながる方法は自由ですが、人との関係を大切に、人とつながっていこうとする人が向いています。

3つ目は「学生を愛せる人」です。私はこれが一番重要だと思っています。いくら実務経験があるといっても、「自分が教えたいことだけ教える」というような考えではいけないはずです。それでは自分本位の発想ですよね。実務家教員として長く働きたいのなら、自分本位ではなく、学生本位になり、「学生が好き」「学生を愛している」という気持ちを大切にし、日々の教育のあり方を創意工夫していくことで、学生本位の教育につながるのでは、と考えています。私自身、大学に入った当初は自分本位だったと思います。教員として過ごしていくうち、「学生を愛する気持ちがあるから頑張れるのだ」と気づきました。反省を込めて、教員を目指す時点から学生を愛していける人は、本当に教員に向いていると思います。


Q:最後に、実務家教員を目指す皆さんへメッセージをお願いいたします。
企業の第一線でご活躍されてきた方々にとって、大学という職場は企業に比べ、(特に文系は)経済的に恵まれる職場ではないかもしれません。ただ、「それを上回る魅力がある」と皆さんもお考えだからこそ、実務家教員を目指されるのだと思います。そして、拙い私でも「それを上回る魅力」を実感できました。皆さんは「大学に入って何をしていくのか」という使命感をお持ちだと思います。大学も組織ですから、自分の思い通りにはならないことも少なくありませんが、それでも、「学生を愛する気持ち」があれば、それを乗り越え、充実した第二の人生になると確信しています。ご健闘を心よりお祈り申し上げます!
 
 

※2020年11月に取材した内容を掲載しています。