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〈注目の実務家教員インタビュー〉【第10回】桜美林大学・向坂文宏准教授『実務家教員には、「やりがいを感じる忙しさ」を楽しめる人が適任』

教育人財開発機構 編集部 2021.07.12

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〈注目の実務家教員インタビュー〉【第10回】桜美林大学・向坂文宏准教授『実務家教員には、「やりがいを感じる忙しさ」を楽しめる人が適任』
【プロフィール】

1995年、愛知県立芸術大学美術学部デザイン学科卒業(芸術学士)。1997年、神戸芸術工科大学 芸術工学研究科総合デザイン専攻修士課程修了(芸術工学修士)。同年4月に凸版印刷株式会社に入社し、トッパンアイデアセンターアートディレクターを務める。2002年、株式会社電通テックに転職。店頭マーケティング部部長として販促物の製作に携わる傍ら、2006年、株式会社電通リテールマーケティングの立ち上げに参画。店頭企画部部長として講演などを行い、積極的にマーケティング業界の新人教育に取り組む。仕事と並行して、静岡産業大学情報学部(2012年9月~2015年3月)、相模女子大学生活デザイン学科(2015年4月~2021年7月現在)で非常勤講師を務め、デザインとビジネス領域の授業を行う。そして、2018年、桜美林大学芸術文化学群へ入職し、社会とのつながりを意識した美術教育を展開中。

[企画概要 ~Outline~]

高等教育機関で活躍されているさまざまな実務家教員にインタビューを敢行。インタビューを通して、実務家教員の仕事内容をひもといていきます。
 

第10回では、2018年より桜美林大学で実務家教員に就任された向坂文宏(こうさかふみひろ)准教授を取材。業務についてはもちろん、実務家教員を目指したきっかけややりがいをお話しいただきました。(教育人財開発機構 編集部)

〈実務家教員になるまで ~Before~〉

Q:これまでのご経歴について教えてください。
大学院卒業後、凸版印刷に入社し、アートディレクターとしてプロモーションツールやカタログを製作しました。その中で、「もっと上流工程から製作に携わりたい」と思い、電通テックに転職することを決めました。電通テックでは、企画製作だけでなく、マーケティングから納品まで広告に関する一通りの業務を担当することができ、良い経験になったと思います。そして、その経験を活かし、電通リテールマーケティングの立ち上げに参画することになりました。そこでは、一般的なマーケティングで行う業務に留まらず、マーケティングで考えられることなら何でも挑戦しましたね。というのも、マーケティングの最終的な目標は「売上を伸ばすこと」ですが、それを達成する方法は幾通りも存在します。代表的な方法は「もの(広告)をつくること」ですが、接客マニュアルを作成して販売員の接客力を向上させたり、企業内でセミナーを開いたりする方法もあります。電通リテールマーケティングでは、このようにマーケティングで考えられるあらゆる方法を模索し、クライアントのニーズに合わせた最適なマーケティングプランを提案しました。当時は大変でしたが、この経験が今、実務家教員の仕事に活きていると感じています。


Q:実務に携わりながら静岡産業大学、相模女子大学で非常勤講師として教鞭を執っていたと伺いました。非常勤講師を務めることになった経緯について教えてください。
大学院時代の先輩が静岡産業大学で教員として勤務されていて、その方にお誘いいただいたことがきっかけです。会社員時代、セミナーや講演を多数行っていたので、「学生にもプロモーション業界の授業をしてほしい」と相談されました。そうして、毎週金曜日に非常勤講師として教鞭を執ることになりましたが、仕事との両立に苦労しました。金曜日は始発の新幹線で静岡に移動して授業を行い、お昼には東京の会社に戻るような生活を送っていましたね。そんな生活を3年続け任期満了を迎える頃、誘ってくれた先生が他大学に異動することになり、私も大学を離れることにしました。「これで非常勤講師も終わりかな」と思っていたのですが、タイミング良く相模女子大学で働く、別の知り合いの先生から声が掛かり、非常勤講師を続けることになったのです。


Q:実務家教員を目指したきっかけは何ですか?
正直なところ、「この出来事から目指すようになった」という明確なきっかけはなく、非常勤講師と広告の仕事を両立する中でさまざまな要素が重なり、実務家教員への道を歩むことになりました

まず、非常勤講師として働く中で、これから社会に出ていく学生に実務経験を伝える価値を知りました。社会に出る前の若者に教育をすることは、広告業界、ひいては社会全体の可能性を広げる意義のあることだと感じたのです。それと時を同じくして、仕事においても新卒・中途入社の社員教育、社外の若手業界人を対象としたセミナーなどに関わる機会に恵まれ、そのたびに後進を育成する大切さを感じました。つまり、私は「学生や後進の育成」に魅力を感じつつあったのです。

ちょうどその頃、社内で年次が上がってきていたので、「部下の育成」や「自身の業務」に加え、「会社の経営層への提案」を行う機会も増え、多事多端な状態に陥っていました。こうして社内でやるべきことが増える一方、人間は欲張りなもので、「店舗マーケティングの世界でPOP広告をもっとやっていきたい」「教育にもっと力を注ぎたい」など、個人的にやりたいことも出てきました。しかし、やるべきこととやりたいことを同時に進めることは難しく、到底現実的ではありませんでした。また、当時の私にはもう1つ気がかりなことがありました。それは「私の存在が後輩の出世を邪魔しているのではないか」ということです。優秀な若手にもっと活躍してもらいたかったので、「いつまでも同じポジションに居座らず、活躍の場を後輩に譲らなければ」とも思い始めていました。

以上をまとめると、このときの私は「学生や後進の育成に魅力を感じている」、「やるべきことに忙殺される一方、やりたいこともある」、「若手の活躍を邪魔したくない」という思いが、頭の中で複雑に重なり合い、これから何をすべきかわからず、まるで出口のない迷路に迷い込んで抜け出せないような状態でした。そんなとき、偶然桜美林大学の公募を発見し、物は試しと挑戦してみることにしたのです。そして、うれしいことに内定を頂き、「これはご縁だ。流れに身を任せよう」と、実務家教員の世界へ足を踏み入れることになりました。


Q:選考について、内容や工夫したポイントを教えてください。
私の場合は三次選考までありました。それぞれの選考についてご説明します。

一次選考は書類審査でした。「教員個人調書」「教育研究実績書」「シラバス」「教育に対しての抱負」の4つを提出しましたが、特に作成が難しいと感じた書類は「教育研究実績書」です。会社員から教員を目指す場合、教育経験や研究実績があまりないので、何を書けばよいか悩みましたね。考えた結果、教育経験は「業界セミナーを担当していたこと」を、研究実績は「非常勤講師時代に共同で執筆した論文3本」を記載しました。また、「シラバス」も非常勤講師として教えていた内容を半期分にまとめ直して提出し、どういう授業を行いたいのかアピールしました。

二次選考は主に面接と模擬授業でした。模擬授業は事前に提出したシラバスのうち、1コマ分を行いました。どのコマの授業をやるかは自分で決められたので、大学が力を入れている「アクティブラーニング」が一番伝わりやすい授業を抜粋しました。また、同日中に「指導力審査」も受けましたね。この審査は芸術系大学特有のものかもしれませんが、簡単にいうと「学生の作品を評価する」という審査です。具体的には、学生の平面や立体作品が飾られている教室で、それを評価して回りました。二次選考は内容が盛り沢山だったので、模擬授業を含め、トータルで1時間くらいの長丁場だったと思います。

三次選考は経営層との最終面接でした。やはり経営層との対話は緊張しましたが、「大学側のニーズに当てはまる自分の能力をわかりやすく伝えること」を意識し、真摯に臨みました。

〈実務家教員になってから ~After~〉

Q:芸術文化学群、ビジュアル・アーツ専修および現在の業務内容について教えてください。
芸術文化学群は、「芸術を学び、自分の人生や社会を豊かにすることを目指す学部」です。その中でも視覚芸術全般を学べるのがビジュアル・アーツ専修で、全員共通で表現の基礎を徹底的に学び、その後は美術、テキスタイル、デザイン、映像メディアなど、表現領域によってさまざまな授業が履修できます。分野の幅が広いので、入学前にやりたいことがはっきりしていない学生でも、入学後に自分の興味関心に合わせて学習する表現領域を選択できるのが魅力です。

私の業務はビジュアル・アーツ専修での演習が中心です。年に約16コマの授業を担当し、全学年で教鞭を執っています。1年生にはデザインに関する演習を行い、2年生にはデザインを考えるときの大元の材料はどこにあるのかなど、1年次よりさらに社会に近づけていくような授業を展開しています。3年生からはゼミがスタートします。私のゼミでは、実務家の知り合いに学生の作品を評価してもらったり、合宿や企業見学会を開催したりと、学生と社会の接点をつくり、学外の客観的な評価を得られる場を提供できるよう努めています。その一環として、学生にコンペへの参加を積極的に促しており、ゼミ生が有名コンペでグランプリを獲得したときはとてもうれしかったです。
 
ゼミの講評会の様子


Q:実務家教員が大学や社会から求められていることは何だと思いますか?
現在、日本は少子化が進み、大学も生き残りをかけた時代が到来しています。そうした状況の中で、「大学教員の仕事は研究と教育」という時代は終わりました。大学の存続のために、これからは教員も大学運営に積極的に関わっていかなければなりません。したがって、大学から求められていることは、「研究も教育も大学運営もバランス良くやっていける力」だと思います。実務家教員は、研究に関しては未熟な点が多いものの、教育に関しては実務経験を活かした授業ができますし、就職指導はもちろん、社会での処世術も教えられます。また、利益を追求する会社にいたからこそ、利益を生み出す行動も起こせるので、大学経営にも役に立てるでしょう。実務家教員は、こういった部分でも活躍が期待されていると思います。

社会から期待されていることは、大学と社会の距離を近づけることではないでしょうか。現状、大学と社会には距離があります。社会からすると「大学って何をやっているの?」と思われることが多いのではないかと思いますが、実務家教員は会社員時代に培ったプレゼン力で、その距離を縮めることができます。社会に対し、大学はどのような研究を行っているのか、その研究は社会にどのように役立つのかを伝え、「大学は社会に必要な教育機関なのだ」と思っていただけるよう、アピールすることができるのです。実務家教員が大学を社会に発信することで、徐々に大学と社会が融合していけば、新しい何かが生まれるかもしれませんね。


Q:実務家教員として働いてみて感じた、苦労ややりがいを教えてください。
苦労していることは大きく2つあります。1つ目は「学生のケア」です。本学はアドバイザー制度を取り入れ、教員はそれぞれ60~80人の学生をサポートしています。担任の先生のようなイメージですね。三者面談を実施するなどして、学生一人ひとりの問題や課題と向き合っています。中には合理的配慮が必要な学生もいて、容易に解決できないケースも少なくありません。そういった課題をどう解決し、学生をケアしていくのか、日々周りの先生方と一緒に考えています。2つ目は「社会と大学世界のギャップ」です。大学はある意味社会からバリアが張られた別世界のようなところがあり、大学ごとにさまざまな文化が醸成されています。そのため、今まで積み上げてきた社会の常識と大学の常識が一致しないことも多く、苦労しています。

やりがいは「学生たちが成長していく様子をそばで見守れること」です。学生は大学生活を通し、大人になっていきます。未成年から成人へと変わるこの貴重な時期に接することができるのはうれしいですね。私が伝えたことを吸収し、社会に飛び立っていく姿を見ると充実感に包まれます。

〈これから実務家教員を目指す皆さんへ ~Message~〉

Q:最後に、実務家教員を目指す皆さんへメッセージをお願いいたします。
私は現在、「大学教員って本当に忙しいのだ」と痛感しています。教育、研究、運営の3つの要素をバランス良くこなすことを考えると、圧倒的に時間が足りません。「大学教員は楽そう」と思っている方は、そのイメージは払拭していただいたほうが良いと思います。それほどの忙しさです。しかしながら、単に忙しいだけではなく、やりがいをとても感じています実務家教員の仕事は「やりがいを感じる忙しさ」なのです。だからこそ、私は大変な毎日でも教員を続けられているのだと思います。これから実務家教員を目指す方も、この忙しさを楽しみ、モチベーションを保つことができると良いでしょう。実務家教員になるのは簡単ではありませんが、実務家教員である私たち自身が、実務家教員と働けることを待ち望んでいます。ぜひご興味をお持ちであれば、飛び込んでみてください。一緒に働ける日を心待ちにしています。
 


※2021年6月に取材した内容を掲載しています。