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〈注目の実務家教員インタビュー〉【第9回】京都精華大学・吉川昌孝教授『過去、現在、未来を伝え、これからを生きる学生に示唆を与える』

教育人財開発機構 編集部 2021.07.12

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〈注目の実務家教員インタビュー〉【第9回】京都精華大学・吉川昌孝教授『過去、現在、未来を伝え、これからを生きる学生に示唆を与える』
【プロフィール】

1965年生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、1989年株式会社博報堂に入社。マーケティングプランナー、未来コンサルティングを経て、2005年、博報堂生活総合研究所に異動し、主席研究員を務める。2015年、博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所に異動、翌年に所長就任。在職中の2018年4月、立命館西園寺塾に入塾。2019年5月からは法政大学大学院メディア環境設計研究所特任研究員を務め、2020年4月、東京大学大学院学際情報学府修士課程に入学。同年10月京都精華大学に入職し、2021年4月よりメディア表現学部学部長を務める。学術的な知見と社会人時代の研究実績をもとに、これからのメディアの可能性を研究。学生には、メディアの歴史からメディアの未来を考察し、これからのメディア表現する際の視点を伝授している。

[企画概要 ~Outline~]

高等教育機関で活躍されているさまざまな実務家教員にインタビューを敢行。インタビューを通して、実務家教員の仕事内容をひもといていきます。
 

第9回では、2021年4月より京都精華大学で実務家教員に就任された吉川昌孝(よしかわまさたか)教授を取材。業務についてはもちろん、実務家教員を目指したきっかけややりがいをお話しいただきました。(教育人財開発機構 編集部)

〈実務家教員になるまで ~Before~〉

Q:ご経歴について教えてください。
新卒で博報堂に入社し、約30年間勤めました。業務内容を基準に考えると、私の博報堂時代は前後半15年ずつに分けられます。前後半について、それぞれ詳しくお話ししましょう。

まず、前半の15年間はマーケティングの現場で、主にクライアントの広告キャンペーンを考えました。クライアントは、電気メーカー、飲料、自動車など多岐に渡り、充実した毎日でした。一番記憶に残っているのは、大手通信会社の案件です。90年代中盤からクライアントの要望が「広告キャンペーンを考えてくれ」というものに加えて、「インターネットの普及によって今後どのような市場が生まれるか、その結果社会全体がどうなっていくのか。未来社会を考えてほしい」というものに変わったのです。当時はインターネットが普及し始めた頃で、従来の「定量的なマーケティング調査」から「社会の新しい欲求を図るような調査」へ、クライアントの要望が変化したわけです。これからの社会を予想するため、先輩と一緒に世界中の有識者に取材を敢行し、新たな調査に没頭しました。そんな生活を2~3年過ごすうち、このような未来社会を考える「未来コンサル」の機能自体が会社で組織化され、その組織が生活総合研究所(博報堂のシンクタンク。以降、「生活総研」と表記する)へ移ることになり、それをきっかけにマーケティングの現場から離れました。

後半の15年間のメインは、シンクタンクでの研究です。2005年に生活総研に異動し、テーマを絞らず、社会全体がどう変化するかという視点で生活者の今後を予測しました。生活総研に在籍した10年の間には、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災など、社会が大きく変わる事件や事象が次々起こり、誰もが「これからの社会はどうなるのか」ということに関心を寄せていました。そんな中でさまざまな社会調査を実施し、年に1度のタイミングでこれからの社会やマーケティングの未来について、ビジネス界に発表するというやりがいのある役割を担わせてもらっていました。その後、今度はメディア環境研究所(博報堂のメディア/コンテンツ/コミュニケーションに関するシンクタンク。以降、「ME」と表記する)に所長として異動することになりました。生活総研では「社会全体の変化」を研究対象にしていましたが、MEでは「生活者を取り巻くメディア環境の変化」に的を絞り、研究を進めました。2015年以降の変化の主戦場が、情報のデジタル化、メディアの変化へと移ったことで、ここでも非常に刺激的な5年間を過ごすことができました。広告フィールドはテレビに変わりデジタルが台頭、加えてIoTが登場し、サービスやビジネスが無限に広がりました。MEでは「生活者を取り巻くメディア環境の変化から生まれる新しいサービス」について、ビジネス界に提案をしていくという日々を過ごしました。以上が私の実務時代の30年間です。


Q:実務家教員になるために大学院に入学したのでしょうか?
大学院へ進学したのは、純粋に学習したかったからです。実務家教員になるためではありませんでした。2018年頃、私は会社からの勧めで、「立命館西園寺塾(立命館大学が開講している21世紀のグローバルリーダー育成講座)」に通うことになりました。会社の勧めではあったものの、徐々に学術的観点から現在の社会を紐解くことが楽しくなり、教鞭を執る先生方に惹かれていきました。そして、講義を通して、これまで私が仕事で行ってきた研究はここ数年を切り取る短期的なものであったことに気付き、「もっと広く、長く学びたい」と思い、大学院進学を考え始めたのです。また、ちょうど時を同じくして、所長として率いてきたMEの評価も上がり、部下も成長していたので、「自分の仕事はやりきったのではないか。今後は何をすべきなのだろう」と考えるようにもなりました。そこで、「大学院へ進学した人や進学後に実務家教員になった人からアドバイスをもらおう」と思い立ち、お話を伺ううちに「自分も実務家教員になるのが良いかな」という思いが芽生え、ここで初めて「実務家教員」を意識することになったのです。それからは、実務家教員になるためにも、最新の学びが必要と思い、2019年から受験勉強を開始し無事合格に至りました。

〈実務家教員になってから ~After~〉

Q:京都精華大学・メディア表現学部について教えてください。
京都精華大学は芸術学部から発展して生まれたデザイン学部や日本初のマンガ学部など、芸術系の動きで著名な大学かと思います。そうした学びをベースに、約30年後の未来社会を見据え、この春、「新たな時代のニーズを的確に捉え、自らが活躍する場所を自らで切り開く人材の育成」を目的に2つの学部が新設されました。その1つが「メディア表現学部」です。私が学部長を務め、テクノロジーを駆使した新しい表現を追求することを目標に掲げています。カリキュラムはメディアとコンテンツに関する幅広い知識とビジネス感覚を育めるように組まれており、社会と学生が関わる機会が多く設けられているのが特長です。例えば、4年間のうちにインターンシップや産学連携プロジェクトを通し、学生は社会に2回飛び出します。それは世の中のニーズを知るきっかけになりますし、同時に「自分が作ったものを社会に伝える方法」を考えることにもつながります。社会と相互作用しながら、イノベーションを生み出す人材を育成するためには、まさに最適なカリキュラム構成になっています。
 
授業の様子


Q:実務家教員としての業務内容を教えてください。
私は「メディア表現概論」という必修科目を担当し、メディア領域のこれまでの歴史とこれからの展望について教えています。学生はまだ18年ほどしか生きていないので、今のメディアは知っていますが、昔からどのように変化して今に至ったのかは知りません。だからこそ、スマホの前はガラケーだったこと、情報源はアプリニュースではなく新聞がメインだったことなど、基本から伝えています。過去から現在へメディアがどう変化したのか、なぜ変化したのか、その変化にはどういう意味があるのか、それらをまず知ってもらいます。そして、現在のメディアについて理解した上で、IoT、AI、ビッグデータによりメディア環境がどのように変化するのか、VRやAR、ロボットなど、新しいテクノロジーがどんなメディアを作っていこうとするのかなど、これからのメディアの展開についても教えています。こうしたメディアの進化の過程を学ぶことで、いつか学生がメディアを作ろうとしたとき、「これは昔のあのサービスが注目されたときと状況が似ている」など、メディア進化のコンテクストを活用して、より巨視的な視点で新たなサービスやメディアを発想してもらえるのではないかと期待しています。

実際の授業は新型コロナウイルスの影響もあり、オンデマンド配信で行っています。1回の授業は90分ですが、ずっと同じ話題を続けると学生の集中力が持たないため、授業内容を3つに分けています。3テーマの内訳は【1】今回の授業、【2】次回の課題のオリエンテーション、【3】前回の課題に対するフィードバックです。200人弱の学生が受講しているので、課題のチェックは毎回大変ですが、今通学している大学院での最新のメディア論についての研究や学びも授業にも活かして取り組んでいます。これからもより一層、大学院で「学んで」、実務家教員として「働いて」・「教える」というサイクルを意識し、より良い授業をしていきたいと考えています。


Q:働いてみて感じたギャップとやりがいを教えてください。
まず、ギャップについてですが、企業と大学では会議の進め方や意思決定など、組織的な側面がすべて違うと思います。例えば、企業では全員が利益を追求しますが、大学は利益はもちろんですが、教学や研究の充実を目指して行動します。さらに、研究内容は人によってさまざまなので、「利益」という1つのゴールに全員が向かう企業とはどうしても組織の行動原理が異なってきます。また、企業は社長や部長といったヒエラルキーを強く働かせることで、1つのゴールを目指すわけですが、大学にも学長や学部長といった役職はありますが、ヒエラルキーが企業のように強くあるわけではありません。

やりがいは、「学生の成長を目の当たりにできること」に尽きます。私はまだ教員としてのキャリアは浅いですが、授業を通して「次の時代を担う学生に良い時間を提供したい」という気持ちが、日に日に強くなっています。そのため、「過去の話を体験談として語って終わる」という授業はしないようにしています。学生は過去ではなく未来を生きていくのですから、「こんな過去があったから、今こうなっていて、これからはこうなっていくんだよ」と未来を予測できる授業を意識しています。そして、もう1つ大切にしているのが、「いろいろな社会の出口を提案してあげること」です。例えば、就職で悩んでいる学生には、今は個人で企業と協業して収入を得ている人もいますし、「起業という選択肢もあるよ」と伝えています。少し大袈裟ですが、これは社会人経験を通し、さまざまな人がいろいろな形で活躍する姿を見てきた、実務家教員だからこそできるアドバイスだと考えています。この強みを活かし、これからも学生の個性や志向に合わせて、アドバイスしていきたいですね。
 

〈これから実務家教員を目指す皆さんへ ~Message~〉

Q:最後に、実務家教員を目指す皆さんへメッセージをお願いいたします。
今、私たちが体験している変化は並の変化ではありません。新たな技術やサービスの登場により、人類の生活自体が大きく変わりつつあるのです。そうした今だからこそ、実務というビジネスの世界と、教育というアカデミックな世界を接続することが重要であり、実務家教員は2つの世界の架け橋となるキーパーソンになるでしょう。そんなこれからの実務家教員に必要なことは、「実務家教員」という言葉にすべて含まれていると思います。つまり、「実務家」だから「実務のこと」は当然わかっているし、「教員」でもあるから「アカデミックなこと」も理解していなければならないということです。「実務」も「アカデミック」も経験し、理解することは容易ではありませんが、それができるのは実務家教員しかいないと思います。大変ではありますが、私と同じように「ビジネスとアカデミックの接続に挑戦する実務家教員」がたくさん登場してくれたらうれしいです。それは私の励みにもなりますし、日本教育の発展にもつながると考えています。ぜひ諦めずに実務家教員に挑戦してみてください。
 

※2021年6月に取材した内容を掲載しています。